動画付き

2016年4月15日 (金)

お世話になったモノ モーラステープ 鬱々する日々も終わりに近い

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ふぅ~と溜め息なのか。。。あれから約3ヶ月このモーラステープが私の体をやさしくしてくれている。モーラスちゃんもう1枚もう1枚。。他は誰からもやさしくされていない。ひとり者だし。孫はまだ言葉しゃべれないしぃ。娘は私を絶対死なないって奴のような対応だしぃ。。確かにそれはそうなのだが時に心が「パキッ」「パキィ}って音が何度もしているようだ。強そうに見える子はほっとかれる。。


あの頃は何も無くて・・・いい曲だよなぁ。。

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2016年1月31日 (日)

古屋周作氏の死 彼はどんなスピードで天国までの坂を登るのだろうか

 Aisya031517
http://www.cyclowired.jp/?q=node/129740
古屋周作氏(TEAM・Y/FSR ワイズ/船橋サンデーライド)リドレー DEAN。シクロワイヤードさんから転載させてもらった。

去年の年末だという事だ。数日前にひょんな事から訃報を知ることとなる。5年前によく一緒に走った。早かった。付いていくのが精一杯でいつも前を引いていた。いろいろと聞いて回ったのだが死の真相も何も伝わってこない。このリドレーに付いている7900Duraは私がゆずったモノだ。アルテグラとデュラの議論をけっこうな時間やって彼も納得して7900となったことを何度も思い出す。家に何度来ただろう。まだ使っていてくれた。。。いつもいつもどんなときでも笑顔で走っていたよなぁ。。

心からご冥福を祈る。そして私は涙酒を飲んでいる。。心も痛い今日だ。この笑顔が心から離れない。そして反面腹も立つ。



明るいヤツだったからこんな歌似合うだろう。俺もこれからこの世で走るからさ。。天国までの激坂、ガンガンヒーヒー良いながら登り切っちまえ。赤玉の山岳ジャージ狙いにいけ。。その笑顔には山岳ジャージもよく似合うだろう。。走れ!登れ!踏み込め!回せ!くいしばれ!。。


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ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村 仮に村八分だとしても葬式と家事は別だよなぁ。それともただ単純に気がつかない。大したことじゃない。心痛くない。関係無い。仕事あるんで。。。多分間違いなく後者なんだろうなぁ。。と友人と話をした。。線香でもあげに行きたいのだが情報無し状態。。。

2015年11月 5日 (木)

神風特攻隊員たちの遺書 キミガタメ 恥じない行き方するしかないな

母と歳の離れた姉(叔母)さんの婚約者は東京の大学医学部出身で軍医で従軍。フィリッピンで戦死した。遺骨も何も無くまた相手の家から許されない婚約でもあったので形見分けも何も無かったのをチビだった私はその話を耳にして何故か覚えている。いろんなその当時の人のさまざまな思いやあるんだろう。戦争がいけないと言っても当たり前すぎるのだが、少なくともこんな想いをもって生きて,生きたいけど死んで征った人たちがいる事は忘れてはならないと思うのだ。そして今を生きる私たちは教訓にしなくては。。明日はどう生きようか。。

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茂木少尉 「母への遺言」
僕はもう、お母さんの顔をみられなくなるかも知れない。お母さん、良く顔を見せてください。僕は何にも「カタミ」を残したくないんです。十年も二十年も過ぎてから「カタミ」と見るお母さんを泣かせるからです。お母さん、僕が群山を去る日、自分の家の上空を飛びます。それが僕の別れのあいさつです。
神風特別攻撃隊第5神剣隊 茂木三郎少尉 昭和20年5月4日沖縄周辺にて特攻戦死19歳

穴沢陸軍少尉 「婚約者への遺言」
二人で力を合わせてつとめてきたがついに実を結ばずに終わった。希望を持ちながらも心の一隅であんなにも恐れていたのだ。 時期を失する といふ事が実現してしまったのである。去年十日、楽しみの日を胸に描きながら池袋の駅で別れたが、帰隊直後、我が隊を直接取り巻く状況は急転した。発信は当分禁止された。転々と所を変えつつ多忙の毎日を送った。そして今、晴の出撃の日を迎えたのである。便りを書き度い、書く事はうんとある。然し、そのどれもが今迄のあなたの厚情に御礼を言う言葉以外の何物でもないことを知る。あなたのご両親、兄様、姉様、妹様、弟様、みんないい人でした。至らぬ自分にかけて下さったご親切、全く月並みの御礼の言葉では済み切れぬけれど、「ありがとうございました」と最後の純一なる心底から言っておきます。今は従に過去に於ける長い交際のあとをたどりたくない。問題は今後にあるのだから。常に正しい判断をあなたの頭脳は与えて進ませてくれる事を信じる。しかし、それとは別個に婚約をしてあった男性として、散ってゆく男子として、女性であるあなたに少し言って征きたい。

「あなたの幸せを望ふ以外に何物もない」  「従らに過去の少義に拘るなかれ。あなたは過去に生きるのではない」  「勇気をもって過去を忘れ、将来に新活面を見出すこと」「あなたは今後の一時々々の現実の中に生きるのだ、穴沢は現実の世界にはもう存在しない」

極めて抽象的にながれたかも知れぬが、将来に生起する具体的な場面場面に活かしてくれる様、自分勝手な一方的な言葉ではないつもりである。純客観的な立場に立って言うのである。今更何を言うかと自分でも考えるが、ちょっぴり欲を言ってみたい。
1、読みたい本「万葉」「句集」「道程」「一点鐘」「故郷」
2、観たい画「ラファエル 聖母子像」「芳崖 非母観音」
3、智恵子。会いたい。話したい、無性に。

今後は明るく朗らかに。自分も負けずに朗らかに笑って征く。昭和20年4月12日。智恵子様 利夫。。。。陸軍特別攻撃隊第20振武隊 穴沢利夫少尉 沖縄周辺洋上にて戦死 23歳。>>>>>映像から引用させていただいた.。
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にほんブログ村 その他日記ブログへ にほんブログ村 涙がこぼれる。。文章で泣かされる。。桜の季節を思い出される。。。いろんな苦難に立ち向かっている人「元気でいてくれ、そして笑ってくれ」幸せだから笑うのではなく、笑うから幸せなのだ。そして私はいつも見上げた空に苦難に立ち向かう人たち、そして自分に願いが叶うよう祈っている。。

2015年11月 4日 (水)

「橋の上のホラティウス」と「神風特攻隊員たちの遺書」 空母バンカーヒル 私たちは今生きているのだ

特攻―空母バンカーヒルと二人の神風  より 

彼らの最後の望みは、未来の日本人が特攻隊の精神を受け継いで、強い心を持ち、苦難に耐えてくれることだった。私たちは、神風特攻隊という存在をただ理解できないと拒絶するのではなく、人々の心を強く引きつけ、尊ばれるような側面もあったのだということを、今こそ理解すべきではないだろうか。 著者マクスウェル・テイラー・ケネディ

戦争をどうとらえるかはとてもむずかしい。私たちが幸せなことは近年の戦争については片方側からの書物や情報だけではなくある程度、両方からの情報や映像でいろいろと考えることが出来ると言うことだ。太平洋戦争はどうだったのか?日本はすべて悪だったのか、あの時代の日本人とは?

『総員玉砕せよ!』やインタビューに分かる通り、叩き上げの軍人であろうと死んでいった戦友を悼む態度を取っている。「近年自殺者が増えていることに対してどう思うか」との問いには「彼らは死ぬのが幸せなのだから(自分の好きで死ぬのだから)死なせてやればいい。どうして止めるんですか。彼ら(軍人達)は生きたくても生きられなかったんです。」と答えた。   2004年8月28日放送『NHK土曜インタビュー』より 水木しげる

にほんブログ村 その他日記ブログへ にほんブログ村 私たちはどの辺りに立っているのだろうか。どの辺りにたって生きていけば良いのだろうか?そして子どもたちにどの辺りに立つべきかを示せばいいのだろうか?だれもが少し考えてもいい時がきたと思うのだ

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